2008年02月04日(月)
第6回 そもそもトルコ人に親日家が多いのはなぜ? [必見!トルコ面白情報]

手をふってくれたトルコの子供たち(撮影:岡田)
“トルコの人々には親日家が多い” そんな話をよく耳にします。
私やお客様も旅行中に、小学生のグループに囲まれて写真を撮られたり、
中・高校生に「一緒に写真をとって!」と声をかけられることがあります。
実際にトルコの人々は皆親切ですし、子供たちはとても人懐こく、
日本人が気持ちよく旅ができる国といえます。
では、そもそも、何故トルコ人に親日家が多いのでしょうか?それはある歴史上の出来事が影響しているといわれています。
今回はそんなお話をジェムさんから教えていただきました。
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1889年(明治22年)7月14日、2400トンの木造船「エルトゥールル号」がイスタンブールを出航しました。乗船していたのはオスマントルコ帝国海軍大臣の娘婿、オスマン・パシャ将軍をトップとする使節団607人です。船はダーダネルス海峡を通りインドのボンベイ(ムンバイ)、シンガポール、香港、台湾を経由し、11ケ月をかけて翌1890年の6月7日に横浜港に入港しました。
使節団は明治天皇に拝謁し、トルコ皇帝からの勲章をはじめとした数々のプレゼントを贈りました。そして日本とトルコの友好の絆は深まりました。
使節団が派遣されるに至るには前段があります。1887年に天皇の甥に当たる小松宮彰仁親王・同妃が1年間ヨーロッパを訪問した際にイスタンブールのオスマントルコ帝国宮殿を訪ね、
アブデュル・ハミト2世皇帝に明治天皇からの勲章と親書を渡しました。その答礼としてエルトゥールル号の使節団が派遣されたのです。
使節団をのせたエルトゥールル号は9月15日に横浜港を出港して帰国の途につきますが、その87時間後に台風による暴風雨で遭難します。場所は和歌山県串本町大島沖でした。船齢25年の木造船だったことが暴風雨に耐えられなかった一因とも言われています。
串本町民が必死に救助に当ったお陰で、69人が助かりました。そして生還者は明治政府の2隻の軍艦、金剛と比叡によりイスタンブールに送りとどけられたのです。
帰国した使節団により、日本のこと、特に串本町民の献身的な救助活動の話が伝えられました。その後、そんなつながりが発展して串本大島にはトルコ記念館が建てられ、黒海沿岸の町ヤカケントと地中海沿いのメルシンが、串本と姉妹提携を結びました。
この出来事や日露戦争で大国ロシアを日本が破ったことが、トルコ人の日本への尊敬と親愛を深めたのです。(ジェム・チャッカローズ)
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皆様はこのお話をご存知でしたか? この出来事がいまだにトルコの人々の心に影響を与えているのだとしたら、とても義理堅い人たちだといえますね。。。
皆様も是非、トルコの方たちとの交流をお楽しみください!
実は、この「エルトゥールル号の遭難」についての回顧展が開催されています!!
●日本とトルコ友好のかけ橋 エルトゥールル号回顧展●
場所:中近東文化センター付属博物館
期間:2008年2月17日(日)まで
★詳しくはこちらをご覧ください!
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(情報は08年3月05日15時現在の予約状況に基づいて掲載していますので変更となっている場合があります。最新情報につきましてはお問い合わせください。)
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Posted by turky at 12時28分 Comment ( 0 )





